潜在意識・催眠術・本当の自分

23-01 | 「支配される恐れ」を超えて—Aさんの物語(前編)

Aさんは45歳のビジネスマン。一見すると仕事も順調で、家族にも恵まれている。だけど、彼の心の中には常に「誰かに支配される」という恐れが巣くっていた。

それは特定の上司や同僚に対してではなく、もっと根深いもの。会議で自分の意見を言うとき、部下に指示を出すとき、家族と意思決定をするとき—常に「これで良いのか」「自分は正しいのか」と内面で揺れていた。その揺れの下には、別の自分が勝手に判断を委ねられるのではないかという根拠のない不安があった。

「僕は自由に判断してるつもりだけど、実は誰かの思う壺に嵌まってるんじゃないか」

そう呟いた彼の目は、心なしか疲れているように見えた。

Aさんが催眠療法を訪ねてきたのは、その疲労が限界に達したからだ。毎晩3時間の睡眠。朝起きた瞬間から心臓が高鳴る。仕事のパフォーマンスは落ちる一方で、それがさらに不安を増幅させる。医者には「心理的な問題」と言われ、何度か薬も試した。でも、薬では根本は変わらないと直感していた。

「根本って、なんだと思いますか」と僕が問いかけると、Aさんは首を傾げた。

「その恐れがどこから来ているのか、ということですか?」

その通りだ。彼の人生を遡ってみると、興味深いパターンが浮かび上がった。

Aさんの父親は理性的で、完璧を求める人だった。決断は迅速で、その判断は家族を支配するルールになった。子どもの頃のAさんは「父さんが言うことは絶対」という環境にいた。ただ、父親は意地悪ではなく、むしろ息子のためだと思って厳しく導いていた。でも、そのプロセスで、Aさんの中には「自分の判断は信用できない」という刻印が刻まれてしまったのだ。

「意思決定の権を父親に預けたんですね」と言うと、Aさんは静かに頷いた。

「そうかもしれません。大人になった今でも、重要な決断をするときは、どこか父さんの顔が浮かぶんです。その顔に『それで良いのか』と問われている気がして…」

そこから催眠セッションは始まった。Aさんをリラックス状態に導き、意識の奥深くへと旅をさせる。深い呼吸とともに、彼の意識は自分の過去へと向かっていった。

催眠状態のなかで、Aさんは10歳の自分と対面する。その子どもは、父親に褒められたくて、でも決して褒められない不安の中で、判断することを放棄していた。完璧に従うことだけが、親の愛を得る唯一の方法だと信じていた。

「その子に、何か言ってやってください」と僕は静かに促した。

催眠状態のAさんの唇が動く。涙さえ流れている。

「ごめんね。君は悪くない。君は十分だ。君の判断は間違っていない。僕たちは、もう父さんの許可を得る必要はないんだ」