21-17 | 催眠中に話したことを覚えていない理由
「催眠中に何か話した」と後で聞かされても、本人は全く覚えていません。これはなぜ起きるのでしょうか。また、これは「危ない」ことなのでしょうか。
「覚えていない」が起きる脳科学的な理由
1. 海馬と前頭前野の機能低下
催眠中、特に深い催眠では、新しい記憶を形成する「海馬」と、時系列で記憶を整理する「前頭前野」の活動が、大幅に低下します。
つまり、セッション中に起きたことは、リアルタイムでは「経験」していますが、それが「記憶」として脳に定着しません。それが、セッション後に「覚えていない」という現象につながります。
2. 時間感覚の喪失
深い催眠では、時間感覚が喪失されます。その結果、セッション中に「5時間経った感覚」で、実は15分しか経っていない、といったことが起きます。
この時間感覚の曖昧性により、その間の出来事も、記憶として定着しにくくなります。
3. 記憶の「エンコーディング」が起きていない
脳は、常に全てを記憶しているわけではありません。必要な情報だけを「エンコード」して、記憶として保存します。
催眠中、脳がそのセッションの内容を「重要な記憶」と判定しなければ、エンコードが起きず、その結果「覚えていない」ということになります。
「覚えていない」ことは、効果がないことを意味するか
これは重要な誤解です。記憶していないことが、効果がないことを意味しません。
むしろ、逆のことが起きることが多いです。
例えば、トラウマ処理の催眠では、セッション中に「何も覚えていない」と言う人が、セッション後、大幅に症状が改善していることがあります。
つまり、脳の深部にある「無意識的な処理」が、言語的な「記憶」なしに、起きているのです。
「覚えていない」理由を最小化する方法
もし、セッション中のことを「覚えていたい」のであれば、以下の方法で、記憶率を高められます。
1. より浅い催眠を選ぶ
完全に深い催眠より、意識が比較的保たれた浅い催眠では、セッション中のことを「覚えている」確率が高くなります。
トレードオフは、潜在意識へのアクセスが浅くなることですが、記憶と効果のバランスを取ることができます。
2. セッション中に、対話的なアプローチを使う
催眠師が「今、何を感じていますか」と問いかけ、クライアントが答える、という対話的な催眠です。
この方式では、クライアントが「話す」という行為を通じて、その経験を「言語化」し、結果として記憶として定着しやすくなります。
3. セッション後、すぐに詳しく振り返る
セッション直後、「どんな感じでしたか」「何が見えましたか」「どんなことを感じましたか」と、催眠師が詳しく質問します。
クライアントがセッション中の経験を言語化する過程で、その経験が「記憶」として定着します。
4. セッション中に、意図的に「記憶する」という指示を入れる
セッション開始時に「今から起きること全てを、覚えておいてください」という暗示を入れます。
この暗示により、脳が「これは記憶すべき情報だ」と認識し、エンコード率が高まります。
「覚えていない」ことの利点
実は、セッション中のことを「覚えていない」ことには、利点もあります。
1. 防御機構が働きにくくなる
トラウマ処理では、脳が「覚えておこう」と意識すると、同時に防御機構も強く働きます。
しかし、「覚えていない」という状態では、その防御機構が緩和され、より深いレベルでのトラウマ処理が可能になります。
2. セッション後の「フラッシュバック」が起きにくい
セッション中の記憶が明確でなければ、その後のフラッシュバックも起きにくくなります。
つまり、不快な症状のない、穏やかな癒しが可能になります。
実例:覚えていないセッションが、最も効いた人
Rさん(女性、42歳)は、トラウマ処理の催眠を受けました。セッション後、彼女は「完全に真っ白だった。何も覚えていない」と言いました。
3ヶ月後、彼女のトラウマ症状(特に、音への過剰反応)は、劇的に改善していました。
セッション中に「何も覚えていない」にもかかわらず、脳の深部では、確かにトラウマ処理が起きていたのです。
実践ポイント
- 「覚えていない」ことは、効果がないことを意味しない
- 記憶したい場合は、より浅い催眠を選ぶ
- セッション直後に、振り返りを詳しく行う
- セッション開始時に「記憶する」という暗示を入れる
- トラウマ処理では、「覚えていない」ことが、むしろ有利な場合もある