潜在意識・催眠術・本当の自分

12-02 | 「それしかない」と思い込まされるプロセス

はじめに

人生の選択肢が、実は、自分が思っているよりも、ずっと多いんだ—ということに、多くの人は気づきません。

代わりに、その人は「これしかない」「あれはできない」「この道しかない」という、狭い選択肢の中で、人生を決めてしまっています。

この章では、その「それしかない」という思い込みが、どうやって形成されるのか、そして、なぜ、その人は、他の選択肢が見えなくなってしまうのか、を見ていきます。

心理学的「トンネルビジョン」

「トンネルビジョン」という現象があります。

これは、恐怖や強いストレス下にある時、人間の視野が、狭くなってしまう現象です。

物理的な視野ではなく、「心理的な視野」が狭くなるんです。

例えば、テスト本番の日の朝、試験生の脳は「これに失敗したら人生が終わる」という恐怖状態にあります。

その時、彼の心理的な視野は、極度に狭くなっています。「試験で高得点を取ること」「失敗を避けること」—この二つのことだけが見えるんです。

他の選択肢—例えば「試験に失敗しても、人生は続く」「別の道もある」—こういったことは、心理的な視野の外にあるんです。

子供時代の人間は、常に、この「トンネルビジョン」状態にあります。

親からの拒否、学校での失敗、友人からのいじめ—こうした恐怖やストレスの中で、子供の心理的視野は、極度に狭くなっているんです。

その狭い視野の中で、「これが正解だ」「これしかない」という結論を出してしまうわけです。

親による選択肢の制限

ここで、もう一つの重要な要素があります。

親が、子供に対して、明確に「これはダメ」「あれは無理」という制限をかけることです。

例えば:

「お前は芸術の才能がないから、芸術を目指すな」 「女の子が〇〇なんて、無理に決まってる」 「お前の家の経済状況では、〇〇は無理だ」 「この町から出られる子じゃない」

こう言われた子供は、その「判定」を、「事実」として受け取ります。

そして、その判定に基づいて、可能性を「切り落として」いくわけです。

実際には、その時代では「無理」だったのかもしれません。でも、今、その子が大人になって、経済的に独立して、知識や技術も持つようになっても、その古い「判定」は、潜在意識の中に残っているんです。

だから、大人になった後も、その人は「自分には無理だ」と思い込み続ける。

客観的には十分に可能な選択肢が、その人にとっては「見えない」ままになっているわけです。

「そういう人間だ」という枠組み

さらに、親や周囲は、子供に対して、「そういう人間だ」という枠組みを、与えることがあります。

例えば:

「〇〇は、内気な子だ」 「〇〇は、頭がいい子だ」 「〇〇は、運動音痴だ」 「〇〇は、社交的な子だ」

こうした「枠組み」は、子供の「アイデンティティ」になります。

その枠組みの中では、子供は、その「タイプ」に合った行動をします。

内気だと言われた子は、社交的に振る舞いません。頭がいいと言われた子は、わからないふりをできません。

この「枠組み」が強いほど、子供は、その枠の外に出ることが、心理的に難しくなります。

だから、大人になって、その人が「実は社交的になりたい」と思っても、その想いの背後には「でも、自分は内気な人間だから」という、強い抵抗が生まれるわけです。

「〇〇の家は〇〇だ」という代々継承

これは、個人のレベルだけではなく、家族システムのレベルでも起こります。

例えば、「この家は、貧乏な家だ」という枠組みが、代々、継承されることがあります。

実際に、経済的に苦しい家に生まれた親は、その子供に「私たちはお金に恵まれていない」という信念を伝えます。

その子供は、大人になり、実は、経済的に成功する機会を得たのに、その古い信念が邪魔をして、その機会を逃してしまう。

あるいは、チャンスが来ても、「どうせ自分には無理」と思い込んで、行動を起こさない。

その結果、実は「貧乏である必要がなかった」のに、その人の人生は、その古い信念に基づいて、再現されてしまうわけです。

これを「プロフェシー・フルフィルメント」(自己成就予言)と呼びます。

つまり、「そうだと思い込む」ことが、その思い込みを「現実」にしてしまう、という現象です。

選択肢の縮小と無力感

選択肢が「ない」と思い込むことは、無力感を生み出します。

心理学者のマーティン・セリグマンは「学習性無力感」という概念を提唱しました。

これは、「どうせ何をやっても無駄だ」「自分には選択肢がない」という信念が、人間の行動意欲を削いでしまう、という現象です。

子供が、何度も、親に「これはできない」と言われ続けると、その子は、やがて、自分からは行動を起こさなくなります。

試行錯誤することも、新しいことに挑戦することも、しなくなるんです。

そして、その行動を起こさない状態が、実際に「その子はできない」という現実を作ってしまう。

つまり、親の「予言」が「自己成就」されてしまうわけです。

実例:「〇〇にはなれない」という思い込み

中島さん(36才、会社員)の例を見てみましょう。

中島さんは、子供の頃から、母親に「あなたは人付き合いが下手だ」と言われていました。

実際には、中島さんは、そこまで人付き合いが下手なわけではなく、むしろ、少し内向的だっただけです。

でも、その「内向性」が「人付き合いが下手」という枠組みで解釈されてしまったんです。

母親は「あなたは人付き合いが下手だから、営業職なんて絶対に無理。事務職にしなさい」と言います。

その時点で、中島さんの「キャリアの可能性」は、母親によって、制限されてしまったんです。

大人になった中島さんは、事務職に就きました。確かに、その仕事は「安定」していました。

でも、心のどこかで「営業職をやってみたい」という思いを持ち続けていました。

35才の時、転職のチャンスが来ました。営業職への異動の提案です。

でも、中島さんは、その提案を、即座に断ってしまったんです。

理由は「自分は人付き合いが下手だから」

実は、中島さんは、その時点では、十分に、人付き合いが上手でした。むしろ、事務職で培った「聞く能力」は、営業に活かせる素質がありました。

でも、子供時代に、母親に付けられた「人付き合いが下手」というレッテルが、40年近く経った今でも、彼の選択を制限していたわけです。

「それしかない」から逃げるプロセス

興味深いことに、人間は、「それしかない」と思い込んでいる選択肢を、実行することに、強い違和感を持つことがあります。

例えば、中島さんが、もし、営業職に異動していたとします。

その場合、彼の心理的な反応は、こうなるはずです:

  1. カテゴリー外の行動への恐怖:「自分は人付き合いが下手な人間だ」という枠組みから外れた行動をすることで、「自分は誰なのか」という混乱が起きる。

  2. 自己矛盾との闘争:「自分は人付き合いが下手なのに、営業をやっている」という矛盾が、心理的なストレスになる。

  3. 無意識的なサボタージュ:実は、無意識のうちに「やっぱり自分には無理だ」という結果を引き寄せてしまう。

つまり、「それしかない」という思い込みは、単に「選択肢が見えない」だけではなく、「その枠組みから外れた行動」そのものに対する、心理的な抵抗を生むんです。

セルフワーク:あなたの「選択肢の枠組み」を探る

紙とペンを用意してください。

ステップ1:あなたが「できない」と思い込んでいることを書き出す

できるだけ、たくさん書き出してください。

例:

  • 「自分は営業向きじゃない」
  • 「自分は創造的な仕事はできない」
  • 「自分は人前で話すことはできない」
  • 「自分は〇〇の才能がない」

ステップ2:その思い込みの「出所」を探る

その「できない」という思い込みは、誰から与えられたのですか?

親ですか?先生ですか?友人ですか?

あるいは、自分が一度の「失敗」から作った思い込みですか?

ステップ3:その思い込みの「証拠」と「反例」を探る

その思い込みを支持する証拠は、あるでしょうか?

一方、その思い込みに矛盾する「反例」は、あるでしょうか?

例えば、「自分は人前で話すことができない」という思い込みがあるなら:

証拠:「学校の発表の時、緊張して、ちゃんと話せなかった」 反例:「友人と喋る時は、スムーズに話せる。会社の会議でも、意見を言うことができる」

ステップ4:その思い込みが「本当」であるべき理由は、あるか

その思い込みが「本当」だとしたら、それは「今の現実」ですか?

それとも「子供時代の現実」が、今も続いているだけですか?

子供時代と比べて、あなたは、経験も、知識も、能力も、増えていますよね?

その「成長」を、その思い込みは、反映していますか?

「それしかない」と思い込まされる催眠的メカニズム

実は、「それしかない」という思い込みも、一種の「催眠的暗示」なんです。

親が「あなたは〇〇な人間だ」と何度も言う→子供は、それを「真実」として受け取る→その「真実」に基づいて、行動を制限する

このプロセスは、まさに、セラピストが「あなたは眠くなっている」と何度も言うことで、クライアントが実際に眠くなるプロセスと同じなんです。

催眠セッションでは、この逆のプロセスが起こります。

セッションの中で「あなたには、もっと多くの選択肢がある」「あなたは、その枠を超えることができる」という新しいメッセージが、潜在意識に伝えられます。

それが、何度も、繰り返されることで、潜在意識は、新しい「真実」を受け入れ始め、視野が、段々と広がっていくわけです。

まとめ

「それしかない」と思い込まされるプロセス:

  1. 子供時代の「トンネルビジョン」と親からの明確な制限が、選択肢を狭める
  2. 「そういう人間だ」という枠組みが、アイデンティティになり、その枠から出ることが心理的に難しくなる
  3. その枠組みの中で、人生が「自動再現」される(自己成就予言)
  4. この制限も、一種の「催眠的暗示」であり、新しい暗示で対抗できる

次の記事では、この思い込みの制限が、どうやって「世代間で継承」されるのか、親から子へと伝わるメカニズムを見ていきます。