11-05 | インナーチャイルドとの対話—催眠による癒し
はじめに
ここまで、インナーチャイルドがどう形成され、どう機能するのか、見てきました。
でも、ここまで読んでいる多くの人が、次のような疑問を持つんじゃないかと思います:
「わかった。自分の中にインナーチャイルドがあるんだ。でも、それをどう癒すんだ?」
この最終記事では、その「癒しのプロセス」について、具体的に、説明していきます。
特に、催眠を使った、インナーチャイルドとの「対話」という、最も強力な方法についてです。
インナーチャイルドとの対話の必要性
なぜ、インナーチャイルドと「対話」する必要があるのか。
簡単に言うと:
インナーチャイルドは、「無視されてきた、あなたの一部」だからです。
子供時代に、親からのメッセージが「ありのままのお前は価値がない」だったなら、その子供の部分は、ずっと「無視」され続けていたわけです。
その無視されてきた部分が、今、あなたの行動や感情を支配しているのに、あなたは、その部分と「対話」することなく、ただ「コントロール」しようとしています。
でも、人間の心は、そんな単純じゃありません。
無視されているものは、益々、声を大きくします。 抑圧されているものは、益々、強く反発します。
だから、本当の癒しは、その無視されてきた部分と、きちんと「対話」を始めることから始まるんです。
対話の三つのステップ
インナーチャイルドとの対話には、典型的な三つのステップがあります。
ステップ1:認める
まず、子供時代のあなたが、確かに存在した、ということを認めます。
その子供は、確かに、親からのメッセージを受け取った。 その子供は、確かに、恐怖を感じた。 その子供は、確かに、悲しかった。
大人になった「今のあなた」が「そうだね。あなたはそう感じてたんだね」と、子供時代の自分を、認めてあげるんです。
ステップ2:感じる
次に、その子供が感じていた感情を、大人になった今、もう一度、感じてあげるんです。
これは、「悪い思い出を蒸し返す」みたいで、一見、避けたいことに思えるかもしれません。
でも、実は、この「感じる」というプロセスを通さない限り、その感情は、潜在意識の中に「未処理」のままアーカイブされ続けるんです。
ステップ3:語りかける
最後に、大人のあなたが、子供のあなたに、言ってあげるんです。
「あの時、親が言ったことは、お前が悪いわけじゃなかった」 「お前は、十分に価値がある。生まれてきただけで、価値がある」 「親も傷を持った人間だった。親があんなふうに接したのは、お前のせいじゃない」
こういったメッセージが、催眠の中で、深く、潜在意識に受け取られるんです。
催眠でのインナーチャイルド対話の実例
具体的に、どんなプロセスが起こるのか、一つの実例で説明しましょう。
クライアント:高橋さん(35才、女性)
主な症状:常に自分を否定してしまう。褒められると不安になる。人間関係で常に相手に合わせてしまう。
セッションの流れ:
導入(10分)
高橋さんは、リクライニングチェアに座り、目を閉じます。セラピストは、ゆっくりとした声で、彼女をリラックスへと導きます。
呼吸に意識を向ける。 体の力を抜いていく。 深く、深く、安全な空間へと降りていく。
子供時代への誘導(10分)
セラピストは、こう誘導します:
「今、あなたは、子供時代に戻ります。何才の時が浮かびますか?」
高橋さんの答え:「6才です」
「では、6才のあなたが見ている景色を、ゆっくり、観察してください。どこにいますか?」
高橋さんの答え:「親戚が来ていて、リビングにいます」
「その時、何が起きていますか?」
高橋さんの答え:「母が、私が絵を描いたのを見て、『こんなの、だれが見ても下手だね』と言っています。親戚たちが、くすくす笑っています」
この時点で、高橋さんは、催眠の中で、その時代に「戻っている」わけです。視覚的に、その場面が見えている。その時の感情が、もう一度、浮かび上がっている。
感情の体験(5分)
セラピストは、高橋さんに、その時の感情を、十分に、感じるよう促します。
「その時、6才のあなたは、どう感じていますか?」
高橋さん:(涙が出始める)「悔しい。情けない。自分は何もできないんだって思う」
「その悔しさ、情けなさを、十分に感じてください。抑え込まず、感じていいんです」
高橋さんは、その場で、泣きます。それは、35才の大人が、6才の時の悲しみと怒りを、もう一度、経験しているんです。
対話の開始(15分)
その感情が十分に出た後、セラピストは、別のアプローチに移ります。
「今、あなた(大人の高橋さん)は、その6才のあなたに、会うことができます。その子が見えますか?」
高橋さん:「はい、見えます」
「では、その子に、こう言ってあげてください。心の中で、または声に出してでも、いいです。『あの絵は素晴らしかったよ。お前の作った絵は、価値がある』と」
高橋さんが、その言葉を言った時、彼女の顔の表情が、変わります。これは、物理的な変化ではなく、潜在意識が、その新しい情報を「受け取った」という証です。
セラピストは、さらに続けます:
「その子が、何か言いたいことはありますか?」
高橋さん:「『ほんとに?』と聞いています」
「では、あなたが、『本当だよ。そしてね、お母さんが言ったことは、お前が悪いわけじゃない。お母さんも、その頃、辛い状況にいたんだ。でも、それは、お前のせいじゃない』と言ってあげてください」
高橋さんがそう言った時、彼女の呼吸が、変わります。深く、安定した呼吸へと変わっていくんです。
対話の実効性
なぜ、この「対話」が効くのか。
それは、子供時代に「受け取らなかった」メッセージを、安全に、深い催眠状態で、受け取り直すからです。
子供時代、高橋さんは、親からの否定的なメッセージを受け取りました。それは、潜在意識に「刻み込まれた」んです。
でも、その時、彼女は「大人の肯定」を受け取ることができませんでした。そういう環境にいなかったから。
催眠セッションでは、その「受け取らなかった肯定」を、今、成長した大人のサイドから、そして第三者(セラピスト)からも、強力に受け取り直すことができるんです。
その時、潜在意識は、新しい情報を「上書き」し始めるんです。
「実は、その頃の自分は、価値がなかったわけじゃなかったんだ」 「親の言葉は、親の価値観や状態の反映であって、自分の価値ではなかったんだ」
こういう「新しい理解」が、頭での理解ではなく、感覚的に、潜在意識レベルで、受け取られるわけです。
セルフワーク:簡易版の対話
本格的な催眠セッションは、プロのセラピストとやるのが最良ですが、日常的に、簡易版の対話ができます。
ステップ1:子供時代の記憶を選ぶ
あなたが「これは自分に影響している」と感じる、子供時代の出来事を、一つ選んでください。
ステップ2:静かに、その時代に「戻る」
目を閉じて、その時代のあなたを、思い出してください。 その時、何才でしたか? どこにいましたか? 何が起きていましたか?
細部まで、できるだけ、思い出してください。
ステップ3:その時の感情を、十分に感じる
その場面で、あなたはどう感じていましたか?
悲しい?怒ってる?怖い?
その感情を、十分に、感じることを許してください。
ステップ4:子供時代の自分に、今、言ってあげたかったことを言う
静かに、心の中で、その時代のあなたに、言ってあげてください。
「あの時、親が言ったことは、お前が悪いわけじゃなかった」 「お前は、十分に価値がある」 「親も傷を持った人間だった」
あるいは、その場面を「書き換える」こともできます。
例えば、「もし、その時、こんなことが起きていたら…」と、別の展開をイメージすることもできるんです。
ステップ5:その対話の体験を、十分に、感じる
その対話、その新しいメッセージが、どう感じるか。それを、十分に、感じて、味わってください。
実生活での変化
高橋さんのセッション後、どうなったか。
最初のセッション直後は、劇的な変化というわけではありませんでした。
でも、2週間後、3週間後、彼女は気づき始めたんです。
「あ、人から褒められてる。前だったら、『そんなことない』と否定してたけど、今は、『ありがとう』と受け取れてる」
「親と会った時、いつものように自分を低く評価する癖が出たけど、何か違うんだ。その悪い思い込みが『自分のものじゃない』って感じが、する」
「人間関係で、相手に合わせるのが少し減った。自分の意見が言いやすくなった」
これらの変化は、セッション直後に起こったのではなく、数週間をかけて、潜在意識が、新しいプログラムに「上書き」していった結果なんです。
インナーチャイルドの癒しはゴールではなく、出発点
ここで、重要な指摘があります。
インナーチャイルドの癒し、つまり、子供時代のトラウマや思い込みの解放は、**人生の変化の「ゴール」ではなく、「出発点」**なんです。
インナーチャイルドが癒されると、その人は、初めて、真の意味で、「本来の自分」を探り始めることができます。
「完璧であるべき」という枷が外れると、その人は「本当は何がしたいのか」という問いに向き合うことができる。
「親の期待に応える」というプログラムから解放されると、その人は「自分は何を大事にしたいのか」という問いに向き合うことができる。
つまり、インナーチャイルドの癒しは、その人が「自分の人生を、本当の意味で、生き始める」ための基盤を作るんです。
まとめ
インナーチャイルドとの対話、そして催眠による癒し:
- インナーチャイルドは「無視されてきた、あなたの一部」である
- その部分と対話することが、真の癒しの始まりである
- 催眠の中で、安全に、その部分と対話し、新しいメッセージを受け取ることができる
- その対話が、潜在意識のプログラムを書き換え、実生活での変化を生み出す
- この癒しは、本来の自分を生きるための、出発点となる
次の章では、このインナーチャイルドをさらに詳しく理解するために、子供の頃からの「無意識的自己催眠」について、見ていきます。
つまり、どうやって、私たちは、知らない間に、自分を催眠状態に陥らせ、そして、その催眠状態の中で、人生を生きているのか—その仕組みについてです。